大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)213号 判決 1981年4月24日
控訴人
明石セツ子
(以下原告という)
右訴訟代理人
野村務
外七名
被控訴人
森田龍平
(以下被告森田という)
被控訴人
前田道路株式会社
(以下被告会社という)
右代表者
大石勇
右両名訴訟代理人
岡田要太郎
主文
一 原判決を左のとおり変更する。
1 原告と被告森田との間で別紙目録第一(二)の土地が原告の所有であることを確認する。
2 被告森田は原告に対し右土地を明渡せ。
3 被告らは連帯して原告に対し金一七〇万五、一七三円を支払え。
4 被告森田は原告に対し昭和五〇年一一月一日以降右土地明渡まで月額金五万七、六〇〇円の割合による金員を支払え。
5 原告は被告森田に対し別紙目録第一(一)の土地につき昭和二三年一二月一日取得時効を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
6 原告の被告らに対するその余の請求及び被告森田のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、六を原告、三を被告森田、一を被告会社の負担とする。
三 第一項234はこれを仮に執行することができる。
事実
第一 申立
原告代理人は「原判決を取消す。被告森田の請求を棄却する。被告森田と原告との間において別紙目録第一(一)(二)の各土地が原告の所有であることを確認する。被告森田は原告に対し別紙目録第二の建物を収去して同第一(一)の土地を明渡せ。被告森田は原告に対し自動車等を収去して別紙目録第一(二)の土地を明渡せ。被告らは連帯して原告に対し金五三一万四一七三円を支払え。被告森田は原告に対し昭和五〇年一一月一日以降別紙目録第一(一)(二)の土地明渡ずみまで一ケ月金二二万九五〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。」との判決及び金員支払いを命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、被告ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 主張
1 甲事件(原告の被告らに対する請求事件)について
(一) 請求原因
(1) 原告は、昭和一九年八月三日、前主森田新右衛門から、尼崎市守部字山之尾一一番の五宅地214.48坪(709.02平方メートル、以下旧土地という。)を買受け、同月五日、所有権取得登記を経由した。
阪神間(尼崎)都市計画武庫之荘南部土地区画整理事業施行者尼崎市(以下施行者という。)は、昭和三九年一〇月二六日(効力発生日は同年一二月一五日)、原告に対し、旧土地につき(イ)街区番号三四八、仮地番三、四八七番の二、地積九〇坪(297.52平方メートル―以下仮換地(一)という。)、(ロ)街区番号五〇七、仮地番五、〇七二番の二、地積63.87坪(211.14平方メートル―以下仮換地(二)という。)の各仮換地を指定した。
そこで、原告は、二筆の仮換地に対応させるため、昭和五〇年五月二〇日、旧土地を別紙目録第一の(一)、(二)記載の各従前の土地(以下従前の土地(一)、(二)という。)に分割し、分筆登記を経由した。
その後、施行者は、昭和五三年七月一五日(効力発生日は同年九月二〇日)、これにつき別紙目録第一の(一)、(二)のとおり換地処分をした。
(2) ところが、被告森田は、昭和四三年二月二〇日、被告会社に対し、従前の土地(一)を自己所有地として賃貸してその賃料を受領し、被告会社は、所有者確認のため土地の登記簿等の調査もしないで軽率にも被告森田の言を信じてこれを借受け、仮換地(一)上に別紙目録第三記載建物(以下旧建物という。)を建築所有して同仮換地を右賃貸借契約が終了した昭和五〇年一〇月末日まで直接占有(被告森田は間接占有)し、その後、旧建物を撤去し、被告森田は、同年一一月一日から同仮換地の自己占有を開始し、昭和五三年に入つてここに本件建物を建築して同年九月一九日まで同仮換地の占有を継続し、さらに翌日以降本件土地(一)上に本件建物を引続き所有して同土地を占有している。
(3) また、被告森田は、昭和四七年一一月一日、被告会社に対し、従前の土地(二)を自己の所有地として賃貸してその賃料を受領し、被告会社は、前同様軽率にこれを借受け、仮換地(二)を土砂、廃材等の置場として右賃貸借契約が終了した昭和五〇年一〇月末日まで直接占有(被告森田は間接占有)し、その後、被告森田は、翌日から昭和五三年九月一九日までこれを占有し、さらに翌日以降本件土地(二)を占有している。
(4) 被告会社は、右(2)の賃料として、被告森田に対し昭和四三年二月二〇日より四年間は月額金二七、〇〇〇円で合計金一、二九六、〇〇〇円、昭和四七年二月二〇日より二年間は月額金四〇、五〇〇円で合計金九七二、〇〇〇円、昭和四九年二月二〇日より昭和五〇年七月一九日までの一年五ケ月間は月額金六三、〇〇〇円で合計金一、〇七一、〇〇〇円、同月二〇日より同年一〇月宋日までの三ケ月と三分の一ケ月は月額金八一、〇〇〇円で合計金二七〇、〇〇〇円、以上総計金三、六〇九、〇〇〇円を支払つている。
(5) 被告会社は、右(3)の賃料として、被告森田に対し、昭和四七年一一月一日より昭和五〇年三月一九日までの二年四ケ月一九日間は月額金四四、八〇〇円で合計金一、二八二、七七三円、同月二〇日より同年一〇月末日までの七ケ月と三分の一ケ月間は月額金五七、六〇〇円で合計金四二二、四〇〇円、以上総計金一、七〇五、一七三円支払つている。
(6) 被告らは共同不法行為者として被告会社が被告森田に対し昭和五〇年一〇月末日までに支払つた賃料、右(4)、(5)の合計金五、三一四、一七三円に相当する損害金を連帯して原告に支払う義務がある。
(7) 原告は、再三にわたつて被告森田に対し口頭で仮換地(一)、(二)の明渡を請求したがこれに応じないため、昭和五〇年七月一六日付内容証明郵便で同月一八日までにこれを明渡すよう請求した。従つて、同被告は、同年一一月一日以降、仮換地(一)、(二)ないし本件土地(一)、(二)の時価(公示価額等を参考にして少くとも3.3平方メートル当り三〇万円)に適正賃料率年六パーセントを乗じて得た月額賃料金二二九、五〇〇円を、賃料相当損害金として原告に支払う義務がある。
よつて、原告は、被告森田との間において、本件土地(一)、(二)につき原告が所有権を有することの確認、被告森田に対し、本件建物を収去して本件土地(一)の明渡、本件土地(二)の明渡、被告らに対し、連帯して、賃料相当損害金五、三一四、一七三円の支払、被告森田に対し、昭和五〇年一一月一日から本件土地(一)、(二)明渡まで月額金二二九、五〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
(二) 被告らの本案前の抗弁
後記のとおり兵庫県知事は旧土地の買収処分をした。この処分の無効を訴訟で確定しない限り原告の訴えは不適法である。
(三) 請求原因に対する被告らの認否
(1) 請求原因(1)を認める。
(2) 同(2)(3)のうち被告森田が原告主張の日に従前土地(一)(二)を被告会社に賃貸して賃料を受領したこと、被告らが原告主張の各期間その主張の使用方法で仮換地(一)(二)を占有して来たことを認め、その余を否認する。
(3) 同(4)(5)を認め、(6)(7)を否認する。
(四) 被告らの抗弁
(1) 乙事件請求原因第一のとおり国が買収処分によつて旧土地の所有権を取得したので、原告はその所有権を失つた。
(2) 同第二のとおり取得時効が完成したので、原告は本件土地の所有権を失つた。
(五) 右抗弁に対する原告の認否及び再抗弁
(1) 右抗弁(1)を争う。買収処分はなかつた。買収手続が始められたとしても、その後手続が中止されて買収処分には至らなかつた。
仮に買収処分がなされたとしても、買収できない土地を買収したものとして重大且つ明白な瑕疵がある。旧土地は従前畑であつたが昭和一六年四月一五日当時の所有者森田新右衛門によつて宅地化された。被告森田が昭和二一年五月からこの宅地を耕作したとしても小作関係はなく、不法耕作であつた。
買収手続に重大かつ明白な瑕疵がある。旧土地の買収令書は原告に交付されず、交付に代る買収令書公告もなされなかつた。そうでないとしても買収地の地番を「一一―五、一一―三」と表示した誤りがある。枝番三、五の両土地を買収する趣旨であれば、枝番三が原告の土地でない点で誤りであり、両土地のいずれかを買収する趣旨であれば土地の特定を欠く。
よつて買収処分は無効である。
仮に無効でなかつたとしても、買収処分は間もなく取消された。旧土地を買収すべきものとする買収登記嘱託書の記載は、右取消に伴い嘱託に至らずに抹消された。
(2) 右抗弁(2)を争う。
被告森田は旧土地占有のはじめ悪意であつた。同人は前記のとおり宅地であつた旧土地の占有を取得したもので、耕作したとしても小作はしなかつた。同人は旧土地の近くに居住し周辺に多くの土地を所有する地主で、公簿類を閲覧する機会も多く、旧土地が自己名義となつていないことを知つていた。
仮に同人が占有のはじめ善意であつたとしても、右の事情から過失があつた。
(3) のみならず、時効は左のとおり中断した。
(イ) 被告森田は旧土地の売渡しを受けたのに自己名義に登記されていないとして、昭和三六年一月二三日尼崎市農業委員会に登記手続方要求したが容れられず、同年末までには旧土地の自主占有を断念した。
(ロ) 昭和三九年一〇月二六日原告を名宛人として旧土地に対する仮換地指定があり、原告は現場指示をも受けたところ、被告森田は自己所有の他の土地につきこれと同様仮換地手続にかかわることにより旧土地につき自己宛の仮換地指定のないことを知りながら、事業者に照会、異議申立をせず、仮換地の所在、名宛人の確認をもしなかつた。その頃以降仮換地は第三者の自主占有下にあり、被告森田は昭和四七ないし四八年頃その所在地を確認して第三者から明渡しを受けるまでこれを占有しなかつた。仮換地指定後は時効取得のための占有は仮換地についてなされねばならないから、前記一〇月二六日の指定の時に被告森田の占有は失われたというべきである。
(ハ) 被告森田は旧土地の真の所有者は原告であるとして、昭和四〇年度の固定資産税を控訴人に賦課すべき旨尼崎市に申し入れて実現し、所有の意思放棄を明かにした。
(六) 右(五)についての被告らの答弁
右(五)の再抗弁を争う。
2 乙事件(被告森田の原告に対する請求事件)について
(一) 請求原因第一
(1) 国は、昭和二二年一〇月二日、旧自創法三条の規定による買収処分(以下本件買収処分という。)により旧土地の所有権を原始取得し、さらに、被告森田は、国から、昭和二二年一二月二日付で旧土地につき同法一六条の規定による売渡処分(以下本件売渡処分という。)により旧土地の所有権を承継取得した。
(2) 旧土地は、その後、従前の土地(一)、(二)に分割され、さらに換地処分により本件土地(一)、(二)となつた。
(3) ところが、原告は、本件土地(一)、(二)につき所有権移転登記を経由している。
よつて、被告森田は、原告に対し、本件土地(一)、(二)につき、所有権移転登記手続を求める。
(二) 請求原因第二
(1) 仮に被告森田が右(一)によつて旧土地の所有権を承継取得しなかつたとしても、同被告は、県知事から本件売渡通知書を受領し、昭和二三年一二月一日、尼崎市尼崎地区農地委員会にその対価金七七〇円八八銭を支払い、それ以来一〇年間旧土地を占有し、その占有の始め過失がなかつたから、昭和三三年一二月一日取得時効が完成し、その所有権を原始取得した。この間の事情は左記(4)のとおりである。
(2) 右(一)の(2)、(3)と同じ。
(3) そこで、被告森田は、本訴において右取得時効を援用する。
よつて、被告森田は、原告に対し、本件土地(一)、(二)につき、所有権移転登記手続を求める。
(4) 被告森田は、食糧難であつた昭和二一年頃から旧土地を畑として耕作して来た。
昭和二二年九月調査による尼崎市守部部落農会中町農家耕作反別明細帳簿によると、山之尾一一番五畑七畝一一歩は、耕作者森田新右衛門ら五名(被告森田を含む。)の小作地であり、甘藷畑であつた。
被告森田は、昭和二三年八月六日、前記農地委員会より旧自創法一六条の規定により旧土地を売渡すことを決定したとの通知を受け、さらに、兵庫県知事より本件売渡通知書を受領し、同年一二月一日同委員会に対価金七七〇円八八銭を支払つた。
なお、兵庫県農林部保管の買収台帳には、尼崎市守部字山之尾一一番三(一一番の五の誤記)、畑七畝一一歩、買収期日昭和二二年一二月二日、所有者四木セツ子(原告の旧姓)と記載されている。
被告森田は、同日にさかのぼつて旧土地を取得し、神戸地方法務局尼崎支局昭和二五年三月二〇日受付第二、二一八号によりその所有権取得登記がなされたにもかかわらず、その後故なく抹消されている。
原告は、それを奇貨として、昭和五〇年五月二〇日、旧土地を従前の土地(一)、(二)に分割した。
被告森田は、旧土地の売渡を受けたのち、固定資産税の支払をして来たが、未登記であることを知り、昭和三六年一月二三日付尼崎市農業委員会々長宛権利移転登記手続方の依頼をした。また、同被告は、昭和三五年三月二九日、旧土地につき、同会長宛に住宅建設敷地及び諸材料置場として非農地であることの証明願を提出している。
そして、被告森田は、昭和四〇年に尼崎市長より税額更正通知を受取るまで旧土地の固定資産税、都市計画税を支払つて来た。
以上の理由により、被告森田は、旧土地占有の始め善意であり、かつ無過失であつた。仮に右無過失でなかつたとしても昭和四三年一二月一日取得時効が完成した。
(三) 請求原因に対する原告の認否
(1) 請求原因第一(1)を争い、(2)(3)を認める。
(2) 同第二(1)(4)を争い、(2)を認める。
(四) 原告の抗弁
(1) 仮に買収及び売渡処分があつたとしても、前記のとおり買収処分が無効であるかまたは取消された。
(2) 仮に通知書受領、対価支払い、自主占有の事実があつたとしても、前記のとおり被告森田は占有のはじめ悪意であつた。善意であつても過失があった。
(3) のみならず、時効は前記のとおり中断した。
(五) 右(四)についての被告らの答弁
右(四)の抗弁を争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一乙事件について
一請求原因第一について
(一) 原告がその主張(甲事件請求原因(1))のように前所有者森田新右衛門から旧土地(地目宅地)を買受け所有権移転登記を受けたことは当事者間に争いがない。
(二) 自創法による旧土地の買収及び売渡処分を検討する。
(1) <証拠>によれば次の事実を認めうる。
(イ) 昭和二二年一〇月二日兵庫県知事が旧土地につき原告を被買収者とする自創法三条の買収処分を予定した。当時の旧土地の土地台帳上の地目は宅地であつた。令書が作成されて原告に交付またはこれに代る公告がなされたことを前提として、昭和二五年一月一八日付で自作農創設特別措置登記令五条による農林省の権利取得登記の嘱託書が作成された。地目は土地台帳に合致する宅地として記載された。嘱託書には他の被買収者関係の数筆の土地が並記されたが、その一部は嘱託書受付までに抹消されて嘱託から除外された。旧土地の嘱託の記載は抹消されたが、その時期及び抹消者は嘱託書自体からは明らかでない。
昭和二五年二月八日嘱託書が登記所に受付けられて、綴込帳に編綴された。
(ロ) この間の昭和二三年八月三一日知事が被告森田を被売渡人として売渡期日を昭和二二年一二月二日とする自創法一六条の売渡処分のために売渡通知書を発行し、これが被告森田に交付された。被告森田は昭和二三年一二月一日農地委員会に売渡代金七七〇円八八銭を支払つた。
昭和二五年二月二八日付で登記令一五条による被告森田への所有権移転登記の嘱託書が作成された。地目は畑とされた。この嘱託書には訴外坂本熊之亟から買収された新田丸橋一八番の土地も記載された。旧土地の記載は嘱託書受付まで或いは受付後登記令一九条一項による登記簿への記載までに知事により抹消されて嘱託から除外された。
昭和二五年三月二〇日嘱託書が登記所に受付けられて、綴込帳に編綴された。右同日受付第二二一八号で旧土地及び右新田丸橋の土地につき被告森田への前記売渡期日売渡を原因とする所有権移転登記が記載されたが、旧土地については登記官の押印前にこれが誤記として消除され、新田丸橋の土地については消除されなかつた。
(2) <証拠>によれば、旧土地の土地台帳上の地目は元来田であつたものが昭和一五年一一月一日宅地に変更され、その後変更がなかつたと認めうる。
これに対し<証拠>によれば、農地委員会は買収計画において旧土地の台帳上の地目が畑であるものとして取扱い、地番は一一ノ三、一一ノ五と並記し、売渡計画及び売渡通知において台帳上の地目を右同様に、地番を一一ノ三として取扱つたことを認めうる。
(3) 被告森田の原・当審供述中には、被告森田は昭和二一年五月新右衛門の養子となつて以来旧土地を自ら小作しており、昭和二二年九月当時甘藷を作つていた旨の供述部分がある。しかし、被告森田自身は勿論、新右衛門を小作人とする小作契約書も存在せず、小作料の額も不明であつたことは、右供述と弁論の全趣旨によつて明かである。しかも被告森田が養子となる僅か二年余り前の昭和一九年八月に旧土地が宅地として新右衛門より原告に売渡され、その後台帳上の地目変更のなかつたことは前記認定及び争いのない事実のとおりであり、原告がこれを改めて小作に出すような事情があつたとはうかがえない。右供述中近隣の自作地と合せて自ら幾分耕作したとする部分はともかく、旧土地を小作していたとする部分はたやすく措信し得ない。他に小作の事実を認めるに足る証拠はない。
(4) <証拠>によれば、前記新田丸橋の土地について買収計画との関係での耕作地及び反別調査に際し、新右衛門ないし被告森田はこれを字名地番とも異なる「丸橋一六番」と申告し、農業会も同様に扱い、買収計画に至つてこれが正確な記載に改められたことを認めうる。
(5) <証拠>によれば、旧土地の買収及び売渡計画、売渡通知において記載された一一ノ三を地番とする土地は、台帳地目田、地積二〇歩で、旧土地とは類似せず、所有者佐野利貳郎から買収され、昭和二三年三月二日を売渡日として南本歌松に売渡されたことを認めうる。
(6) 以上の事実と弁論の全趣旨によれば、旧土地の買収、売渡の手続には調査の段階から粗略な点があり、小作地でない旧土地を小作地と誤認し地番の表示の点で近隣地番の土地との混同もある不正確なやり方で手続が進められた末、昭和二五年二月、三月、買収、売渡の各登記嘱託書が相次いで登記所に受理される頃までに再調査の結果、買収処分の成立していないことが判明して買収登記の嘱託が撤回され、編綴にかかる嘱託書から旧土地が削除され、これに基づき売渡登記嘱託書に記載されていた旧土地が削除され、嘱託書編綴に基づき遅滞なく記載されてあつた(登記官の押印には至らなかつた)売渡登記が、誤記として消除されたものと推認される。
(三) 以上の次第で請求原因第一はその余の点にふれるまでもなく理由がない。
二請求原因第二について
(一) 前記認定事実によれば、被告森田はその主張のように売渡通知書を受領して対価を支払つたものであり、その原・当審供述と合せれば昭和二三年一二月一日以降所有の意思で旧土地の占有を始めたと認めうる。
(二) 過失の有無を検討する。
被告森田が旧土地につき耕作の業務を営む小作農として買受申込をしたものであることは、その供述と前記認定事実によつて明かであり、被告森田が旧土地を小作していたと認めえないこと前記のとおりであり、被告森田は小作地でないのに買収、売渡になつたことを知つていた。
<証拠>によれば、被告森田は土地台帳土地目宅地である旧土地につき地番一一ノ五、現況地目田として買受申込をしたが、買収計画で地番が一一ノ五、一一ノ三と並記され台帳地目が畑と誤記され、売渡計画で地番が一一ノ三、台帳地目が畑と誤記されているのを各縦覧期間中に知りうる状況にあつたと認められ、また売渡通知書の地番及び台帳地目が同様誤記されているのを通知書受領の頃知つたと推認される。一一ノ三の土地が元所有者、地目、地積とも異なる土地であつたことは前記のとおりである。
従つて被告森田は旧土地の買収、売渡手続に重大且つ明白な瑕疵があることを知りうべきであつた。
通常の場合、自創法による農地売渡通知書の交付を受け対価を支払つた者は、土地所有権を取得したと信じたことについて、過失がないと認めるべきであるが、本件のように、買収、売渡手続に重大且つ明白な瑕疵があり、売渡通知書を受けた者において、その売渡の有効性に疑念を抱くのを当然とするような特別の事情がある場合は、そのように信じたことについて過失があると認めるべきである。
(三) 時効中断の抗弁を検討する。
旧土地につき昭和三九年一〇月二六日(効力発生日同年一二月一五日)原告明石主張のとおりに仮換地(一)(二)の指定のあつたことは当事者間に争いがない。<証拠>によればその頃右指定が原告に通知されたことを認めうる。
<証拠>によれば、仮換地(一)は現地換地、(二)は飛地換地であること、被告森田は右指定の頃旧土地を有刺鉄線で囲つて占有していたが、昭和四七ないし四八年頃まで仮換地の位置を知らず、指定当初よりこの頃まで仮換地(二)を占有した事実のないこと、を認めうる。
土地区画整理事業の仮換地の指定通知が従前土地の所有者になされた場合、指定の効力発生日以後は土地所有権時効取得の要件たる所有の意思を以てする占有としては仮換地に対する占有が要求され、従前土地の占有では足りない(最高裁判所昭和四六年一一月二六日第二小法廷判決、民集二五巻八号一三六五頁参照)から、仮換地(二)については被告森田の時効取得の要件たる占有は前記争いのない指定の効力発生日である一二月一五日に失われて時効が中断したというべきである。原告の抗弁は右効力発生日の中断の主張を含むと解される。仮換地(二)についての中断の抗弁は理由がある。
<証拠>によれば仮換地(一)は減歩されたと認めうるので、仮換地指定に伴う被告森田の占有の中断を認めえない。
中断の抗弁(イ)は認めえない。<証拠>によれば、昭和三五年頃より被告森田が尼崎市農業委員会に旧土地が自己の所有名義に売渡登記されていないとして善処方要求し、果さなかつたことを認めうるが、右事実は所有の意思放棄を認める資料とするに足らず、他に右抗弁を認めるに足る証拠はない。
同抗弁(ハ)は認めえない。<証拠>によれば、被告森田が旧土地の昭和四〇年度固定資産税等につき尼崎市長に、自己の所有名義でないのに賦課されるのは不当である旨申入れて名義人明石に課税替えを実現したことを認めうるが、右供述によれば被告森田は課税が所有名義人に対してなされるべきことを主張したのみで所有の意思を放棄したものではないと認めうる。他に右抗弁を認めうる証拠はない。
(四) 以上の次第で森田は本件土地(一)を昭和二三年一二月一日以降二〇年の経過により右同日に遡つて時効取得したと認めうるので、これについての所有権移転登記手続請求は理由がある。本件土地(二)についての請求は理由がない。
第二甲事件
一被告らの本案前の抗弁は、独自の見解であり、採用できない。
二請求原因(一)は当事者間に争いがない。
三旧土地の買収処分がなされたと認めえないこと、本件土地(一)につき被告森田のため取得時効の完成したことは前記認定のとおりである。
四請求原因(3)のうち被告森田が原告主張の日に従前土地(二)を賃貸して賃料を受領し、被告会社がこれを占有したこと、被告らが原告主張の期間その主張の使用方法で仮換地(二)、本件土地(二)を占有したこと、同(5)の被告会社より被告森田への賃料支払いの事実、は当事者間に争いがない。被告両名の右占有につき過失のあつたことは前記認定事実と弁論の全趣旨によつて認めうる。
五以上の事実によれば原告の請求は次の限度で理由がある。
(1) 被告森田との間での本件土地(二)の所有権確認
(2) 被告森田に対する右土地明渡請求(なお自動車等特定できる物件の置かれていることを認めるに足る証拠はない)
(3) 被告両名に対する前記争いのない金一七〇万五、一七三円の既払賃料相当損害金の連帯支払請求
(4) 被告森田に対する昭和五〇年一一月一日以降右土地明渡まで月額金五万七、六〇〇円(同年一〇月末日現在の賃料額)の割合による損害金の支払請求(右一一月一日以降の損害額をこれよりも高額と認めうる証拠はない)
第三よつて主文第一項のとおり原判決を変更し、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条第九二条第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(小西勝 潮久郎 横畠典夫)
目録、第一図面、第二図面<省略>